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相渡八幡宮 (アイドハチマングウ) 所在地:広島県神石郡神石高原町相渡 嘉慶2年(1388年)に、宇佐八幡宮の分霊を大田々原に勧請したと伝えられている。本殿は千鳥破風と軒唐破風が付設され、外陣の大きな虹梁は豪快である。 組物・彫刻は極彩色塗で、特徴的本殿の代表建築。この本殿は平成16年10月1日に町の重要文化財に指定された。また、本社と孝霊神社を結ぶ参道には300年あまりの杉・桧の巨樹数十本の社叢 が保存されている。 |
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岩屋寺の山門 (イワヤジノサンモン) 所在地:広島県神石郡神石高原町小畠 能救山岩屋寺という、臨済宗のお寺。山門は昭和51年5月1日に町の重要文化財に指定されており、かつて神石高原町役場にあった小畠代官所の表門であった。明治6年(1873年)に岩屋寺に移築された。また、境内の薬師堂には、薬師如来坐像とその眷属である十二神将が安置されている。 |
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陰陽石尊 (インヨウセキソン) 所在地:広島県神石郡神石高原町上豊松 泌尿器関係にご利益のある石尊。 『宝永年間にこの地方で病気が流行した際、修験者にこの陰陽石尊を称え信仰するように言われ、その通りにするとご利益を受けて全快した』という言い伝えがある。 |
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歌の御堂・清水 (ウタノミドウ・シミズ) 所在地:広島県神石郡神石高原町油木 平安時代後期から鎌倉時代初期にかけての歌人である西行法師が、旅の疲れをいやしたお堂とわき水。 西行法師がこの場所で休んだ際、「手にむすぶ岩間の清水底澄みて行きかふ人のかげも涼しき」という歌を残したため、歌の清水・歌の御堂と呼ばれ、現在に伝えられている。 |
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梅々峠大師堂 (ウメガタオダイシドウ) 所在地:広島県神石郡神石高原町福永 福永七曲の県道端にある御堂。厄除弘法大使が祀られている。 元々、この御堂の上の山に祀られていたが、長い歳月を経て人々にも忘れ去られていた。慶応3年(1867年)秋の夜、大迫喜八の夢枕にお大師様が現れ、「世の衆生を救いたい」とお告げがあった。そこで、現在の場所にお堂を建て本尊を移し祀った。以来、難病も治るという霊験が現れた。 |
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上八幡神社 (カミハチマンジンジャ) 所在地:広島県神石郡神石高原町上 1065年に豊前国(現大分県)宇佐八幡宮より分霊を勧請し、その後1163年正宮山に遷座した。 本殿は数回改築されており、現本殿は1691年に再建されたものである。 境内には1701年建立の阿弥陀堂がある。神仏習合時代の事象を留める歴史的建造物であり、昭和51年5月1日に町の重要文化財に指定された。 |
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亀鶴山八幡神社 (カメツルヤマハチマンジンジャ) 所在地:広島県神石郡神石高原町油木 延喜2年(902年)に八幡神社として祀られた、1000年以上の歴史のある神社。社叢は昭和32年2月5日に県の天然記念物に指定されており、参道の杉の巨木の並木は圧巻である。御神木は長年の杉と呼ばれる、樹齢約600〜700年の巨樹。 また、秋には祭りが行われ、その際奉納される神儀は昭和32年3月12日に県の無形民俗文化財に指定された。 |
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亀山八幡神社 (カメヤマハチマンジンジャ) 所在地:広島県神石郡神石高原町 創建は治歴元年(1065年)と伝えられる、神石高原町役場近くにある神社。 山城国(今の京都府八幡市)から本殿全国の三大八幡宮の一社、石清水八幡宮の御分霊を勧請したのがはじまりとされる。 本殿の大きさは、郡内の神社の中でも最も規模が大きい。境内には、広島県指定の天然記念物「ツガ」1本と、神石高原町指定の天然記念物「モミ」1本がある。ほかに、絵馬1面、鉄製燈篭1個が神石高原町から重要文化財として指定されている。 |
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幸運仏 (コウウンボトケ) 所在地:広島県神石郡神石高原町下豊松 道路工事の際、夫婦の墓と思われる2基の五輪塔が出土した。 それを供養したところ、地域で5組の結婚が成立した。 それから幸運仏さまと呼ばれるようになり、今では、縁結びのスポットとして多くの人が訪れている。 |
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腰折地蔵尊 (コシオリジゾウソン) 所在地:広島県神石郡神石高原町有木 腰のあたりが折れているお地蔵さま。健康に関してご利益がある。 願掛けを行う時は、このお地蔵さまの腰をさわり、その手で自分の体の悪いところをさするようにする。しばらくの間続けると全快するという言い伝えがある。 |
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小畠代官所跡 ( コバタケダイカンショアト ) 所在地:広島県神石郡神石高原町小畠 関が原の合戦以降、旧三和町は福島氏、水野氏の所領を経て、中津藩奥平氏の飛び領となった。「小畠代官所跡」はその歳代官に任命された大庄屋村田知賢が自邸を提供し、代官所を置いたとされている。三和本庁の一角には、井伏鱒二先生の書による記念碑がある。 |
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小堀山八幡神社 (コホリヤマハチマンジンジャ) 所在地:広島県神石郡神石高原町福永 大永の頃(1521年〜1527年)に勧請されたと伝えられているが、古記が焼失しており定かではない。鳥居のすぐ後ろにあるヒノキの大木は、町の天然記念物に指定されている。 |
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神代神楽八ヶ社 (ジンダイカグラハチカシャ) 発祥は定かではないが、江戸時代後期から神事色の強い神楽として存在していた。古来八ヶ社は八つの神社(豊松,日野,日谷,笹尾,油木,忠原,花済,備中川手 (現:三原)の社家によって組織され、注連頭豊松の鶴岡八幡神社の宮司であった翁長門守豊章により統率された。後の明治中期に神職が神楽を舞うことを禁止されて以来、神楽太夫が舞うようになったのが八ヶ社の始まりである。神役を昭和34年7月に、神能を平成2年4月に広島県民族無形文化財に指定された。 |
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石面刻字 (セキメンコクジ) 所在地:広島県神石郡神石高原町永野 県道帝釈井関線永野一つ橋停留所北側の巨大な岩に刻まれた16mに及ぶ記念刻字。見内・天川間を荷車が通行できるように、人力で岩石の砕石と切り取り作業、土砂の掘り取り埋め立てと、難工事がおこなわれた。7年の歳月を経て工事が完了した際、その苦労を讃え地域の発展を願い、1ヶ月半かけて刻まれた。刻字「天見線起工記念」の大文字と両側に昭和7年発起人下江保銘記が深く彫りこまれている。 |
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帝釈観音洞窟遺跡 (タイシャクカンオンドウクツイセキ) 所在地:広島県神石郡神石高原町永野 昭和38年に発見された神石高原町永野にある洞窟遺跡で、住居・墓地として利用されていたと考えられている。洞窟は南に開口し、入口の幅12m、高さ、奥行き10mの大きさである。旧石器時代から弥生時代に至る各時期の石器・土器・骨角器・装身具や獣骨・貝類などの遺物が出土している。出土品は、神石高原町立神石民俗資料館にて見る事ができる。 |
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高光八幡神社 (タカミツハチマンジンジャ) 所在地:広島県神石郡神石高原町高光 鎮座の年代は不明だが、神石郡二子山城主が氏神として勧請したと伝えられ、天文14年(1545年)社殿が建立された。現在の社殿は享保21年(1736年)に再建されたものである。 平成16年10月1日に幣殿と六角神輿が町の重要文化財に指定された。 また、境内のヒノキの大木は高さ約30m、樹齢は500年以上と推測されており、昭和58年7月12に日町の天然記念物に指定された。 |
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辰の口古墳 ( タツノクチコフン ) 所在地:広島県神石郡神石高原町高光 備後地方最大の前方後円墳。墳長は77mで、後円部を北側の谷平野に向けている。竪穴式石室は、約2000枚の厚さ5cm程度の板石を積み上げて造られている。北側の小口が開口しており、石室の外にかき出された土砂の中から碧玉製管玉が出土している。 |
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父木野清瀧神社 (チチギノセイリュウジンジャ) 所在地:広島県神石郡神石高原町父木野 創立年月日は不詳。寛永2年(1625年)に火災により社殿・神輿等が焼失した。明暦3年(1675 年)に小祀が再建され、正徳2年(1712年)に現在の本殿が再建された。 スギの巨木など、社叢は町の天然記念物に指定されている。 |
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豊松太鼓保存会 ( トヨマツダイコホゾンカイ ) 地域文化への貢献、地域活性化の役に立 てばと活動しており、年間15回程度のイベントに参加しています。豊松太鼓保存会のオリジナル曲や、日本各地に伝わる伝統的な曲を演奏しています。 |
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豊松堂面洞窟遺跡 (トヨマツドウメンドウクツイセキ) 所在地:広島県神石郡神石高原町豊松 本遺跡は帝釈峡遺跡群を構成する中規模遺跡の一つだが、縄文時代後期後半には12体以上の人骨が検出されており、天田川流域から成羽川にかけての中核をなす遺跡として注目されている。 洞窟は、二つの小支洞の入口部にあたる上洞部分と天田川の侵蝕によって形成された下洞部分からなる。 |
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長生きの水 (ナガイキノミズ) 所在地:広島県神石郡神石高原町父木野 父木野、県道小畠荒谷線の道路脇にて汲める湧水。 弘法大師にゆかりがあり、疲れた旅人がこの水を飲み元気になったと言われる。 一年中冷たい水が湧いている。 |
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| マ 行 | |
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光末清瀧神社 (ミツスエセイリュウジンジャ) 所在地:広島県神石郡神石高原町光末 天平年中(729年〜749年)の勧請と伝えられている神社。現本殿は享保12年(1727年)に建立された。 本殿には多数の龍やそのほか、精巧な彫刻が施されており、本殿と随神門は昭和51年5月1日に町の重要文化財に指定された。 |
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| そ の 他 | |
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